知識は有料です

おはようございます、ワタナベです。

 

サラリーマンやってたときにいつも不満に思ってたことがあります。

 

それは現在請け負っている仕事以外のことで色々聞かれることです。

 

例えば、「今度こんなものを輸入したいんだけど必然な手続きと関税率を調べて教えてほしい」みたいなことをよく聞かれました。

 

しかも無料で。

 

ビジネスチャンス?必要なサービス?プラスアルファのサービス?

 

いやいや。

 

知識は有料です。それに付随する行為も有料です。

 

お客さんってだいたい勘違いしています。契約してお金払っていれば契約内容以上のことも無料で教えてもらえると思ってます。

 

なぜかと言うと

 

知識は無料だ

 

という感覚があるからです。

 

車とか家とか食べ物とか、形あるものはお金の対象ととらえるのに、知識とか技術とかは何かと無料と思われがちです。

 

例えば歌で生計立ててる人に、「ちょっと結婚式で歌ってくれない?無料で」とお願いするのはそういう感覚があるからです。

 

車を売っている人に、「結婚するからちょっと車くれない?無料で」とお願いしたら断られるに決まってます。

 

なぜなら車は商品だからです。

 

つまり、扱っているものが有形か無形かという違いであって商品には変わりないのに、みんな無形のものについては無料と勘違いしています。

 

僕ははっきり言います。

 

知識や技術は有料です。

 

僕のように専門職についていた人、ついている人、強気でいきましょう。

 

理不尽な要求にはノーを、もしくは絶対にお金をもらいましょう。

 

知識は有料です。これを勘違いしている人が多すぎです。

 

イクメンってなんじゃい?

真夜中です。ワタナベです。

 

自作CDのカップリング曲を作成中です。ベースラインの録音にハマってこんな時間になってしまいました。寝る前に書き込もうと思います。

 

イクメンという言葉を使っているパパ、それは恥ずかしい言葉だと気付きましょう。

 

イクメンという言葉は子育てに対して「お手伝い」感覚で関わっている男性が使っている言葉だと思います。つまり子育てに対して主体的に取り組んでいるパパが使う言葉ではありません。

 

以前何かで目にしました。外国人に「イクメンは英語では何て言うの?」とたずねたところ、こう返ってきたそうです。

 

「Father」

 

つまり、父親なら子育てして当たり前という感覚です。わざわざイクメンなんて言葉を作る必要なんてないのです。

 

子育てするママのことイクウィメンって言わないのに、なぜパパだけイクメンってわざわざ言うのでしょうか?それは子育てに対して「参加」している感覚があるからです。

 

パパだって子育てして当たり前なんです。パパだって子育ての当事者です。イクメンなんて言葉を口にしている時点で自分の子育てが表面的なものだと認識しましょう。

 

そして子育てに主体的に取り組んだ時、いかにママが凄まじい労働を毎日こなしているか気付くはずです。それを理解した時に、イクメンという言葉は恥ずかしくて使えなくなるはずです。

 

だから全国のパパ、今すぐに残業をやめてすぐに家に帰って子育てしましょう。有給も遠慮なく使って子育てしましょう。なんなら僕のように会社を辞めましょう。

 

会社の仕事なんてあなたじゃなくてもできます。できないようなら会社に問題があります。あなたのせいではありません。そして、会社の仕事はあなた以外にもできる人がいるようにしなければなりません。

 

会社に人生捧げるより家族と楽しく暮らしましょう。そうすれば必然的にイクメンなんて言葉を口にしなくなります。

 

イクメンという言葉は、表面的に子育てしているパパが自分はこれだけ子育てしてるって自慢するときに使用するものです。

 

とか言って、僕も新米パパの頃はイクメンになるぞ!と頑張っていました。奥さんからの度重なる手厳しい指摘により、今は出家した坊主のように慢心を捨てて子育てしている次第です、ハイ。

 

 

誰かのことを気にしていたら好きなことなんてできない

良い天気です。ワタナベです。

 

突然ですが、自分の好きなことをやるときや、やりたいことをやるときに、自分のことだけ考えれば良いと思います。

 

例えば、好きなバンドのライブに行きたいとき、子どもの世話を奥さんにお願いしなければなりません。しかし、奥さんに悪い気持ちでライブに行っても100パーセント楽しむことはできません。なぜなら、心のどこかに罪悪感があるからです。

 

であれば、もう開き直って自分のことだけ考えた方がいいです。その方が100パーセントライブを楽しめます。

 

帰ってから奥さんに「今日は本当にありがとうございました!あざっす!」と深々と頭を下げて感謝の気持ちを言いましょう。

 

中途半端に良い夫であろうとすると、結局どちらも中途半端になります。

 

思い切ってワガママに生きましょう。奥さんの大変さを考えるのをやめましょう。自分の楽しみだけ考えましょう。

 

奥さんへの罪悪感は奥さんにとってなんの役にもたちません。帰ってからありがとうございましたの気持ちを伝える方が関係にとって建設的です。

 

これはすべて他のことにも当てはまります。

 

要は自分の決断の責任を自分ですべて引き受けましょうということです。自分の決断や行動で誰かが不利益になることを恐れていたら、永遠に心の底から好きなことを楽しむことなんてできないのです。

 

好きなことをするって、結局そういうことなのです。

会社を辞める時によく言われたこと

夜です。ワタナベです。

 

知り合いや周りの人に会社を辞めると話した時、よく返される言葉がありました。

 

1  大丈夫?次の仕事は決まってるの?

2  子どもがいるから早く次の仕事決めないとね。

3  奥さんには辞める相談したの?

 

これらの言葉を返された時、正直不思議でした。

 

1について

決まってないと会社辞めちゃいけないのでしょうか?そして決まってなかったらどうなるのでしょうか?(実際に次の仕事が決まってなくても辞めました。)

 

2について

子どもがいると早く仕事を決めなきゃならないのでしょうか?そしてすぐに働かないといけないのでしょうか?(実際仕事は決まってないですし、すぐに働く気はありません。)

 

3について

僕が嫌で会社を辞めるのにどうして奥さんに相談しなきゃならないのでしょうか?(実際奥さんには、辞めることを会社に伝えてから事後報告しました。)

 

とにかく、ただ不思議でした。

 

というのも、僕だったら会社を辞めるって聞いたら

 

へえ、そうなんだ

 

でおしまいだからです。

 

で、何が違うか考えました。それで気づきました。

 

〜だから辞めてもよい

 

という考え方だから1から3のような質問や意見になるのです。僕はそういう考え方をしていません。1なら次の仕事が決まってるから辞めてもよい、2ならすぐに働く目処や意思があるから辞めてもよい、3なら奥さんが了承してくれたから辞めてもよいってことになります。

 

これって、変です。

 

会社を辞めるのは自分なのに、辞める理由を自分以外に委ねてます。そもそも辞めてもよいっていう理由を求めること自体、自分の決断に責任を持っていないことになります。

 

〜だから大丈夫っていう考え方する人、とても多いです。

 

大丈夫じゃなくたってそれが自分で決めたことなら自信持っていいんじゃない?と思います。

 

大丈夫って誰に向けて言いたいんでしょうか?

 

きっとそれはいわゆる「社会」に対してです。

 

自分は社会的に「大丈夫」な人間ですって証明したいだけです。そしてそれは自分にとって何の意味もありません。

 

重要なのは自分主体で決断できているか。自分の人生を決めるのは社会的にどうかということではなく、自分はどうしたいかということです。

 

それに気づいてるか気づいてないかでは人生の楽しみ方が違ってくると思います。

 

自分の人生の舵は自分でとる。進路決断の責任を自分以外に委ねるのはカッコ悪いです。

準備なんていらない

コニチハ、ワタナベどす。

 

今日はとても良い天気です。気持ち良いです。会社で働いていた時は、こういう天気を楽しむことも忘れていたんだなぁとしみじみ思って、今の状態を楽しんでいます。

 

何かを始めようとする時、足をひっぱるものってなんでしょうか?

 

完璧な状態になってから始めようという考えがあるとなかなか最初の一歩を踏み出せません。

 

だから敢えて言いたいです。

 

そんな状態は永遠にこない。だから何かを始めるのに準備なんていらない。

 

下調べしてから始めようとするとか、ある程度熟知してから始めようとか、まずは基盤を固めてからとかは

 

すべて何かを始める時に足を引っ張る足枷です。

 

僕は経験してそう感じています。

 

先日インスタライブをしました。思い立ったその2日後に実行しました。勿論告知は思い立ったその日にしました。

 

実行するまでの間、インスタライブのスマホでのやり方しか調べませんでした。

 

上手な話し方をしようとか、話の筋を整理して話そうとかの準備は一切しませんでした。

 

でもできました。

 

そう、まったくの未経験で知識もなくて、あと有名人でもなんでもない僕ができたんです。

 

そして楽しかったんです。

 

せっせと時間をかけて準備してたら、多分やりたい熱は冷めていたでしょう。間違いなく。

 

足枷は外した方が生きていて楽しいです。だから何か始めようって時はもうなんにも準備とかせずに、ワーイってやってみるのをオススメそます。あ、します。

パパって大変だ&みんな頑張ってる

こんばんは、ワタナベです。

 

本日2回目の書き込みです。

 

全国のパパは大変だと思います。

 

何が大変って、ありのまま、自分らしく生きづらいから大変です。

 

会社では本当の自分を抑え、文句言いたいクソみたいな案件にも、上司にも、客にもグッと我慢して頑張っています。会社で働く以上、お金をもらうために働く以上、そこに自分らしくとか自分の考えの介入する余地はほとんどありません。自分の一挙一動に家族の生活がかかっているのです。

 

うちに帰ったって、だいたいのパパは良き夫、良き父親として頑張っています。奥さんを大切にし、子どもを大切にし、自分の趣味に時間を割くなんてもってのほかと思っているのです。

 

なぜ分かるかというと、僕がそうだったからです。

 

ここで言いたいのはママよりパパの方が頑張っているとかパパが一番頑張っているとかいう「力くらべ」ではありません。

 

僕は1人のパパとして、すべてのパパを同志と考えて、ただ「分かるよ。頑張ってるよね、俺たち。ご苦労さん」と言いたいだけです。

 

ママはママで頑張っています。だからパパもパパで頑張っているって言ってもいいじゃないですか。

 

パパって大変だ。頑張ってる。

前のめりに生きることは恥ずかしいことじゃない

こんにちは、ワタナベです。

 

今日のブログのテーマは主に自分に当てはまることです。

 

僕は以前、インスタとかブログでいわゆる「前のめり」に生きている「意識高い系」の人を「イタイ人」と思っていました。なんか観ていてこっちが恥ずかしくなるなーって思ってたんです。ま、ハッキリ言って馬鹿にしてたんですね。

 

好きの反対は嫌いじゃない、無関心だといいますが、僕にとって前のめりに生きることは無関心では無かったからこう思ったんだと思います。

 

つまり、前のめりに生きることを本当はしたいのに周りの目を気にして恥ずかしいとかイタイって思うことでやらないようにしていたんです。

 

でも考えてみたんです。

 

自分で本気で、本当に心の底からやりたいことをやろうと思ったらそりゃ前のめりになりますよ。

 

恥ずかしいとかイタイとか考えるようなら、それはまだ本気じゃないってことだから。

 

本気だったらそんなこと一切気にしないで前のめりに生きるに決まってます。

 

僕は前のめりに、失敗なんか気にせず、転んで泥まみれになりながらも生きていくことがカッコイイじゃん?って最近すごく思うのです。